ICBLの誕生




1991年4月9日、ボビー・ミューラーさんから、ドイツのフランクフルトで活動している非政府組織(Non Governmental Organization 以後 NGOと記載)、「メディコ・インターナショナル(Medico Internationak)」のトーマス・ゲバウワーさんにファックスが届きました。内容は、対人地雷禁止に向けて協力関係を結ぼうという内容でした。
ボビー・ミューラーさんは、1968年、海兵隊員として南ベトナムに派兵され、北ベトナム軍の銃弾により下半身が不自由なってしまいました。アメリカに戻ってからは、リハビリを続けながら帰還兵の権利を確立する運動を起こします。そして、「米国ベトナム退役軍人財団 VVAF(Vietnam Veterans of America Foundation)を設立しています。


1984年、インドシナ半島を訪れたボビー・ミュラーさんは、地雷問題の深刻さに目を見張ります。
地雷の被害国は、地雷を生産していません。被害を無くすためには、まず、その供給を絶つべきだというのが、ボビー・ミューラーさんの考えでした。
そこで、中米のエルサルバドルで熱心に地雷禁止を叫ぶトーマス・ゲバウワーさんへ、地雷禁止に向けて協力していこうというファックスを送ったわけなのです。

二人は、ワシントンで会い、ICBL(International Campaign to Ban Landmines)「地雷禁止国際キャンペーン」が必要だとの意見が出ました。この場で、トーマス・ゲバウワーさんは、「世論の意識を高めるためにも、対人地雷全面禁止の国際会議を開くべきだ」と提案したのです。
このとき、地雷被害のレポートを出しているアメリカのNGO、PHR(physicians for Human Rights)「人権を守る医師の会」のジョナサン・ファインさんにも電話をし、協力を求めました。


同じ年、11月にこのキャンペーンのコーディネーターを雇うことを決め、NGOであるMAES(Medical Aid for El Salvador)「エルサルバドルのための医療支援」でディレクターとして仕事をしていたジョディ・ウィリアムズさんを、アメリカのキャンペーンのコーディネーターに抜擢したのです。
一方、ドイツ側は、「緑の党」の元議員、アンゲリカ・ビヤーさんがコーディネーターになりました。


1992年10年2日、VVAF、PHR、メディコ・インターナショナルにヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)、マインズ・アドバイザリー・グループ(MAG)、そして、ハンディキャップ・インターナショナル(HI)の合計六つのNGOがICBLを正式に旗揚げさせたのです。


ニューヨークでの初会合で、ICBLは活動内容に関する公式声明を発表しました。
その内容とは、
1. 対人地雷の使用、生産、貯蔵、および売却、譲渡もしくは輸出を国際的に禁止する。
2. 国連が管轄する国際基金を設け、世界的な地雷被害者支援プログラム、地雷回避教育、地雷除去、そして廃絶プログラムを推進および助成する。
3. 対人地雷の生産および普及に対して責任を負っている国々は、国際基金に貢献する。
というものでした。


この声明で重要なことは、対人地雷に的を絞って活動をスタートしたことです。


ICBLは、正式に発足してから半年後の1993年5月24日〜26日、ロンドンで初めての国際会議を開催します。参加したのは、40以上のNGOから50人以上が参加しました。NGOの活動分野も、多岐にわたっていました。人権、開発、環境、人道支援、軍縮、地雷除去、被害者支援など、とても幅ひろかったのです。
この会議で、ICBLを旗揚げした6つのNGOが、意思決定機関である運営委員会のメンバーに選ばれました。そして、ジョディ・ウイリアムズさんがコーディネーターに承認されたのです。

この会議では、今後ICBLがどのように活動していくかが決められました。

1. 国内のロビー活動 各国内で地雷の輸出凍結、使用禁止といった関連法の制定を目指して、国防や軍部、その他の国家機関との対話を促進する。
2. 国際的なロビー活動 特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)の批准国を増やし、CCWが発効から10年になろうとしているので、その内容強化するように働きかける。
3. 草の根キャンペーン 市民の理解が得やすいように、キャンペーンのメッセージを簡単で明確にする。ビデオや展示会を開催し、擬似地雷原での爆発体験や、署名運動によって世論を盛り上げる。また、地雷生産者と直接対話の機会を持ち、生産会社に対して株主起訴、不買運動を起こす。
4. メディア対策・啓蒙戦略 写真、ビデオ、地雷現場からの報告書など、メディア向け資料を作成し、マスメディアの関心を惹き付ける。



各国のNGOは、母国でのキャンペーンを、できるところから地道に展開することになります。


そして、ICBLが最初にターゲットにしたのは、「特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)」の強化でした。

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