| 国際人道法とCCWの誕生 | |
国際人道法
対人地雷や無差別攻撃を世界のたくさんの国が法的に規制しようとしたのは、実は最近のことではありません。 その出発点は、国際人道法です。
国際人道法は、1864年からジュネーブやハーグで結ばれた条約を中核として、武力紛争の中で戦闘に直接参加しない傷病者、難船者、捕虜、文民の保護を目的として制定されました。
ICRC(赤十字国際委員会)のバックアップにより、戦争の変化とともにその内容も変更されてきています。
1977年の第1議定書35条、1〜2項と、51条の4〜5項では、直接地雷という名前は出てはきませんが、地雷に該当するような兵器の禁止について触れられています。
‡ジュネーブ4条約の第一追加議定書(77年)より‡
35条の1項
いかなる武力紛争においても、紛争当事国が戦争の方法又は手段を選択する権利は、無制限ではない。
35条の2項
余分の危害又は不必要な苦痛を生じせしめる性質を持つ兵器、投射物及び物質、並びに、そのような戦争の方法を用いることは、禁止する。
51条の4項
非戦闘員に対する無差別攻撃はこれを禁止する。及び無差別兵器の使用は禁じられる。
51条の5項
期待される具体的かつ直接的な軍事行動に比して過度の付随的な文民の生命の損失、文民に対する危害を生ぜしめると予想できる攻撃は禁止する。
1997年2月の段階で、国際人道法の当事国(批准・加入・継承)は、ジュネーブ4条約では188国にも登ります。たくさんの国がその法律を支持していたわけです。
しかし、実際はこの人道法は守られなかったのです。
守られなかった理由は、この国際人道法には、罰則規制がなかったからなのです。
「特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)」の誕生
国際人道法では、残念ながら条約の中の兵器は、実際にはどの兵器なのかはっきりと書かれていません。
しかし、そこまで踏み込んで条約を作っていると、1977年の追加議定書までが採択されないことに繋がる恐れがありました。
そこで、1977年6月9日のジュネーブ会議で、特定の通常兵器の禁止・制限問題を国際人道法から切り離して、1997年以降に条約作成のための会議が開かれることが提唱されました。
そして、1980年10月10日、「過度に障害を与えまたは無差別に効果をおよぼすことがあると認められる通常兵器の使用の禁止または宣言に関する条約(Convention on Prohibitions or Restrictions on the Use of Certain Conventional Weapons Which May Be Deemed to be Excessively Injurious or to Have Indiscriminate Effects)」、通称「特定通常兵器使用禁止・制限条約(CCW)」が国連で作られました。
この条約の第二議定書(「地雷、ブービー・トラップ及び他の類似の装置の使用の禁止又は制限に関する議定書」)では、地雷が民間人に無差別に使用されることを禁止しています。
しかし、そこにはたくさんの問題が内包されていました。
でした。
- その問題とは、
- 1. 国家間紛争が対象で、地雷が一番問題になっている国内紛争や内線には適用されなかった。
- 2. プラスチック製の地雷など、探知できない地雷を禁止していない。
- 3. 地雷の譲渡や移転に関する管理条項がない。
- 4. 条約の遂行および監視手段がない。
また、条約批准国が34ヶ国と限られていました。この条約に縛られない国のほうが多かったのです。
カンボジアやアンゴラなど、地雷の被害国も含まれていませんでした。
時代の流れにともなった、定期的な条約の見直しに向けた動きもなかったのです。
しかし、このCCW第二議定書の第八条には、「発効から10年後に再検討会議の開催要求ができる」と明記されていました。
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