次の日、街に出てみた。
まだ、朝の7時だと言うのにとてもにぎわっている。車のクラクション、バイクの排気音、行き交うひとの話し声、マイクから聞えるおまわりさんの交通整理の声、とにかく音、音、音が多い。
どうやら朝の通勤ラッシュらしい。
よく見ると、バイクの洪水だ。2人、3人、4人と乗れるだけの人を乗せている。
車の荷台も人間の山盛りだ。
その活気と反対に、道端にはただぼう然と座り込んでいる人、上半身何も付けないで寝転んでいる人、何をするわけでもなく、集まってひそひそ話し込んでいる人達、自分の障害をものごいの道具としている人、一体この街はなんなんだ。
少しして義足センターやリハビリセンターに行った。
センターには地雷で被害にあった人達だけでなく、ポリオで障害になってしまった人達も大勢来ていた。こんなに沢山の人達がそれぞれの理由で苦しんでいたなんて知らなかった。
ここでは義足を無料で配られる。もっと驚いたことには、義足で歩ける様になるまで期間の滞在費、交通費ももらえるという事だった。
「ええっ、義足をもらえる上に、お金までも?」
信じられなかった。
何処からそんなお金が出てくるのだろう。
それは外国からの援助(勿論日本も含まれていますが)にたよっているという事だった。
私も良く募金をした事があったが、それが本当に役立っていると知り、嬉しくなった。
でもそのお金をもらう目的の為にわざと義足を壊して何度も義足センターを訪れる人もいるそうだ。
センターの人は、
「少しでも自分でお金を出すと、義足のありがたさが分かるのに、ここの人たちはそのお金すらもない。難しい問題です。」と、言っていた。
カンボジアでは健常者の人でさえ仕事に付く事が難しい。まして、障害を持っている人が働ける所は無いに等しい。
お昼からカンボジアに来る目的の一つ、去年日本であった事があるコサルちゃんに再会した。
コサルちゃんは被雷した自分の村から、この街へ出て来て、養父母と生活をしている。
私が以前コサルちゃんに会った時、私は多くの小学生の中の一人だったから、コサルちゃんは覚えてくれているかな?心配になった。
コサルちゃんの家に着いた。いよいよ会えると思ったら、ドキドキとワクワクが入り交じった妙な気持ちになった。
家から出てきたコサルちゃんは笑顔一杯で私を迎えてくれた。
嬉しかった。なんだかずうっと昔からの友達に会ったような気がした。
それから、コサルちゃんの家の中で、食事をしたり話しをしたり、あっと言う間に時間が過ぎていった。
最後にコサルちゃんは、日本に行った時の写真を大事そうに持って来てくれ、見せてくれた。その中に私のクラスで一緒に給食をした写真があった。
「あ、覚えてくれてるんだ。」
コサルちゃんありがとう、胸がじいんとなった。