2000年 カンボジア旅日記  (7月19日〜7月31日)





次の日は地雷で被害にあったおじいさんの家に行った。
おじいさんも片足がなかった。もう、村のあちこち片手、片足の無い人、 がたくさんいて、私も見る事にはだんだん慣れてきた。
地雷の話を聞き終わったとき、いきなりおじいさんが、 「ズボンをくれ」と私に詰め寄ってきた。私は少し引き下がりながら、 「ごめんなさい。持っていません。」と、返事をするのがやっとだった。
おじいさんの言葉は胸に突き刺さった。
おじいさんは地雷の話より、ズボンを手に入れる事の方が大事だったのだ。

その日その日を一日稼いだお金で生き延びている。毎日が一生懸命なのだ。
必死なのだ。
みんな同じくらいに平等に与えられた命なのに、どうしてここんなに違うのだろうか。
すっかり落ち込んでしまった私の気持ちを救ってくれる事が一つあった。子供たちの笑顔だった。
子供たちの笑顔からは悲しみ苦しみ辛さなど何も感じられなかった。
私がにこっとすると、にこにこ微笑んで応えてくれた。一人一人瞳がきらきら輝いていた。
おだやかな雰囲気が子供たちの周りにあった。
笑顔は万国共通と実感!
今度来る時はもっとクメール語を覚えて来なくては…。私の知っているクメール語はチョモリアップスワ(こんにちは)チョモリアップリア(さようなら)
オークンチュライ(ありがとう)の三つだけだった。反省。

この村の小学校で、偶然に一緒に授業を受ける事ができた。
「地雷を知っている人は?」と、聞いてみた。
「はあい」と、ほとんどの生徒が手を挙げた。
「地雷を見た人?」
「はあい」やはり多くの生徒が手を挙げた。
予想はしていたが、あまりの数に驚いたのと同時に、よく見ると生徒の中にも腕がなかったり、足が片方だけの子どもがいるのに気が付きその後の質問が出来なくなった。この子達の手足はもう元には戻れないんだ。