泣ける日


 斜向かいのKathyは、とても面倒見のいい中国人の女性だ。我が家の娘が、今年の9月からキンダーガーデンに行くと知って、わざわざ学校を紹介しにやってきてくれた。
「ここの学区のキンダーガーデンは駄目。1クラス45人に先生2人だから、面倒見てもらえないし、ESLのクラスに入れられたら、なかなか出てこれないのよ。それに、覚えてくるのが、中国語や韓国語だったりするんだから。私立、探したほうがいいよ」
 彼女の紹介で、私立のあるキンダーガーデンのお試し入園を体験できた。先生は、旦那様が日本人で、少しは日本語が喋れるとのことだった。
 事務局で、書類を渡された。そして機関銃のように英語が浴びせられた。何を言われたのか、全くわからなかった。なんせこっちはアメリカに来て1週間も経っておらず、時差ボケの真っ最中である。何度も出てくる単語で、判らないのがあった。registration・・・何だろう? Kathyは笑ってこう言った。
「彼女、わかってないね」
「ええ、わかってないわ」
 こう答えるのがやっとだった。
 家に帰り、辞書を調べた。登録のことらしい。キンダーガーデンに入るための登録をすればいいのだ。
 娘は、喜んで帰ってきた。「ママ、この幼稚園にするわ」この一言で全て決まった。
 翌日、キンダーガーデンに手紙を出した。私の英語が稚拙なため、電話では全てを理解できない。だから、入園の登録の期日、方法については、手紙で知らせていただきたい、そんな内容だった。
 しかし、待てど暮らせど、返事は来なかった。
 2週間経ったある日、痺れを切らして電話を掛けた。
「クラスには空きがもうありません。waiting listに登録しますか?」
 目の前が真っ暗になった。相手が日本人なら、ヒステリックにわめき散らしたかもしれない。でも、私は文句も言えず、こう答えた。
「はい」
 時差ボケで夜中に泣きわめく子供と、部屋中に散乱するダンボール箱のせいで、神経がガサガサしていたせいだろうか、電話を切った途端に涙が溢れ出た。悔しかった。切ないほど悔しかった。涙が溢れてとまらない。スウェットシャツの胸元を鷲掴みにしたまま、ヘタヘタとその場に座り込んだ。
 娘には、とてつもなく悪い事をしたように感じた。私がもう少し英語が話せたら、もう少し早く電話しておけば……後悔の念が余計涙を溢れ出させた。
 自分が、英語ベースの社会の中で、爪弾きにされたような、何とも言えないどす黒い怒りが、胸のあたりをグルグルと回り初めていた。自分の事ではなく、娘の事だから余計に、憎く、悲しかった。
「ごめんね、ママのせいで、己侑(ミユキ)が行きたいって言ってた幼稚園、行けなくなちゃった。ごめんね」
 鳴咽で途切れ途切れに説明する私の背中を、娘は優しく撫でてくれた。
「ママ、私、どこの幼稚園でも楽しくやっていくわ。だから、泣かないで。ママが泣くと、私も悲しくなって泣いちゃうから。ね、泣かないで」
 私は涙を拭い、娘の真剣で、優しい瞳を見た。
 いつの間に、こんなに成長したんだろうか。この世に生を受けて、まだ5年しか経っていないというのに。娘の優しい言葉を耳にして、この子が我が家に生まれてきたことを、こんなに人の心のわかる娘に成長してくれたことを、感謝した。
 ありがとう、己侑。
 私は、思いっきり娘を抱きしめた。なぜか今度は、暖かい涙が私の頬を濡らした。



1996.6月


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