あんぽんたん


 アメリカ人の男性は、女性を喜ばせるのが上手で、自然だ。嫌みなく、セータや帽子、髪型などを誉めてくれる。とっても、嬉しい。でも、これって、日本人が天気や気候の話しを会話の始めにするのと、同じレベルらしいのだ。ただの社交辞令。でも、とってもいい気分に浸らせてくれる。女性に生まれてよかったと、この年になって、初めて思った。
 これが、彼等の特別な人になると、俄然グレードアップする。
 アメリカ人の夫婦では、子供の数が三人以上にならない限りは、だいたいが共稼ぎだ。奥様の誕生日には、旦那様から花束とチョコレートのデリバリーが、奥様のオフィスに必ずあるらしい。無かったら? そりゃ、離婚しかない。
 友達のニーナから電話があった。ジーン・マリーの家で朝食はいかが? という。
 娘をキンダーガーテンに送り出さなければならないから、無理だと答えたが、いつもの彼女と違って、是非ともおいでと誘ってくる。ちょっと遅れていくからと返事して電話を切った。
 当日、ゆっくりとコーヒーを頂きながら、みんなの早い英語の会話を、脳みそフル回転で聞いている。勉強、勉強、いつか血となる肉となる、なんて自分に言い聞かせながら。子供たちは、おもちゃで仲良く遊んでいる。
 オペラ歌手のようなコロラチューラの"Happy birthday to you"とともに、ジーン・マリーとダイアナが、キャンドルを灯した巨大なケーキを三つも運んできた。
 「まー!! どの子の誕生日!!」と叫ぶシャロンとアリソンと私の前で、二人は止まった。
"Happy birthday to Sharon, Masayo, and Alison"
 感激しながら、可愛らしいカードを受け取り、キャンドルに願いを掛けて吹き消した。予想外の誕生日パーティ、はっきり言って、嬉しかった。ありがとう、みんな。甘ったるいケーキも、美味しかった。
 夜、旦那にカードを見せながら、その喜びを話した。とにかく、嬉しかった。アメリカ人の友人に恵まれて、みんなが私の誕生日を覚えていてくれたのだ。最高の気分だった。
「よかったね」
 旦那の笑顔に、私はこっくりと頷いた。
 さて、私の誕生日の当日、旦那がキッチンに降りてきた。
「おはよう」
「おはよう!!」
 そう、おはよう。でも、それだけ? 一言忘れてない? 愛しの旦那様。
「今日、遅くなる。接待、うーん、そんな感じ。飲んでくるから、飯はいらないよ」
「そう」
 微笑む私。心の中で爆発する、『あ・ん・ぽ・ん・た・ん』。
 三日後、ニーナとスティシーが、私の誕生パーティとして、お昼をご馳走してくれた。私のために焼いてくれたリンゴのケーキと、英語で書かれた料理の本もプレゼントに用意してくれていた。
「料理を作ってる途中でわからなくなったら、いつでも電話頂戴。私たちも同じ本を買ったの。だから、ページ数を教えてくれれば、直ぐにアドバイスできるわ」
 ありがとう、大切な友達。赤と白のクックブックの表紙が、涙で歪んで見えた。
「ねえ、コウジからは、何を貰ったの?」
「ええっとね、……貰ってないの、彼、忘れてるのかもしれない」
「エエエーッ!!」
 二人は目玉が落っこちそうなほど驚いた顔をして、絶叫した。あー、こっちが驚くじゃないの。
 さて、スティシーはこう言った。彼女のお母様は、もしスティシーの旦那様が彼女の誕生日を忘れたとしたら、それは、彼女が悪いと。もし、誕生日のプレゼントで欲しいものがあれば、雑誌を切り抜いて冷蔵庫に貼る。それでもわかってくれないなら、歯ブラシに貼る。一ヶ月前から続ければ、必ず欲しいものが手に入る。
「試してみればー」
 ウインクするステイシーに、「来年はね。でも、信じて待ってみる」と答えた。
 娘の誕生日は私の誕生日の6日後。珍しく晴れた日曜日、娘のプレゼントを買いにスタンフォードまで出掛けた。
「君の誕生日プレゼント何がいい?」
 聞かれて思わず横を見る。いつもと変わらない旦那の横顔。
「──忘れてたんじゃなかったの?」
「覚えてたよ」
 このー、このー、あんぽんたん!!。
 私は、リボンもついていない、包装もしていない誕生日プレゼントを受け取った。それも、店員から。……あんぽんたん。
「やっぱり私、誕生日おめでとうって、言って欲しいわ」
「エーッ、まだ誕生日、嬉しいわけ?」
 あんぽんたん、あんぽんたん、あんぽんたん!!
 私は、両親に望まれて生まれてきた。母は悲惨な流産を繰り返し、私が流れれば、もうこれで子供は諦めたほうがいいとまで言われていた。母は私を妊娠したとわかるや、ずーっと寝て暮らしてきたのである。
 そうして生まれた私は、大きな事故にも会わず、こんなに健康で、幸福に暮らしている。この一年、また誕生日を迎えられて、ありがとう、両親、旦那様、友達、そして私、なのだ。
 そう説明して、こう付け加えた。
「ただし、25才からは年を取ったって、カウントしてないんだけどね」
 どうだ、あんぽんたん!!
 来年はどんな誕生日になるだろうか、ちょっぴり楽しみな私である。



1996.12月末


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