日本で8月、といえば夏休み。9月に入れば新学期が始まる。新学期には工作を抱えて登校したのを思い出す。
アメリカでは真新しいバックパックを背負った子どもたちが町を歩くようになる。そうなると、秋はもうすぐそこまで来ているのだ。
私たちの住んでいるCupertino学区では、以前は9月の第一月曜日にある休日のLabor Day(日本の勤労感謝の日にあたる)が終わると夏休みが終わり、新学年が始まっていた。これはだいたいアメリカどこでもそうだと思う。しかし、この学区では新学年が始まる日が確実に早くなっている。去年は確か8月26日あたりが初日だったのに、今年は8月22日から始まった。
だが、夏休みが終われば新学年が始まるというシステムは変わっていない。つまり、日本なら宿題のほとんど出ない学年間にある春休みが、アメリカでは夏休みにあたる。もちろん宿題はない。だから、子どもたちはのびのびと遊ぶ。しかし、先生に言わせると、2ヶ月半も遊んだ子どもは前年度に習ったことをすっかり忘れてしまうので、初めの一ヶ月は復習に割かなければならず、大変なのだそうだ。
クラスがえは毎年行われる。先生も同じ学年の先生をずっと務めていくのが普通だ。日本のように生徒といっしょに先生が持ち越しでクラスを担任することはほとんどない。クラス編成が発表されるのは登校日前日の夕方と決まっている。学校によっては4時だったり5時だったりと時間はまちまちだ。そこで、クラスの教室番号、先生の名前、誰とクラスメートになるかがわかるのだ。ときどき親切な学校になると、同時にどんな文房具を揃えてくればいいかも張り出してくれるのだが、そうでない場合には学校初日が終わってから先生に渡されたプリントを握り締め、文房具をそろえるために走らなければならない。学校初日が終わった後の文房具を揃えてある大型スーパーは、とても混雑している。
もっと驚くのは、たとえば学区を管轄する役所が決めた事項は、事前に親に知らされることがない。学校が始まる数日前に、「このように決定しました」と、通知が来るだけなのだ。今年は、ある小学校にあったELDクラス(English Language Development)が他の小学校と統合されることになった。日本なら通常、変更した理由や結論に至ったいきさつなどが学校でのPTA総会か、あるいはプリントなどで出され、親の承認を早期にとるようにするだろう。ところが、学校が始まる2日前にプリントが郵送されてきただけだったというのだ。賛成も反対も唱える暇もなく、決定事項をつきつけられて親はしたがっていくしかない。なんとも、アメリカ的ではあるまいか。
なんだかずさんな中でばたばたと開ける新学年。学校のリストに漏れていてどこの学校に行けばいいのかわからず、親も子もあたふたしているところもあれば、スクールバスから間違ったところで下りてしまい親とも連絡がつかずにベソをかいている子もいる。学校のまわりは子どもを送ってきた親たちの自動車で溢れ返り、中には軽い接触事故を起こしているところもある。見事なまでに混沌とした状態なのだ。しかし日にちがたつにつれ、親も子どもも少しずつわからないことを克服し、便利な別の方法を模索しながら、それぞれの学校に馴染んでいく。スケールの小さなサバイバルともいえるだろう。
なんとも、アメリカ的な新学年の幕開けなのである。
2002/08/29