おかまの蝋燭屋さん
私はキャンドルが大好きだ。
部屋の照明をちょっと落としてキャンドルに灯を燈す。いつものお酒がぐんと上等に感じられたり、炎を見つめながらだと、子供とのお喋りもいつもより小さい声でゆったり話せるようで、なんだか心地良い。たった数十ドルの出費で、いつもとは全く違った空間を演出できるすぐれもの、それがキャンドルだと思う。
アメリカには、キャンドルの専門店がある。カタログ販売もやっている。扱っている商品は、キャンドルからキャンドルスタンド、フローティングキャンドルを浮かべるお皿までと色々ある。
私のお気に入りは、“ILLUMINATIONS”というお店だ。
春にはお花の形の淡い色のキャンドル、夏にはバックヤードでバーベキューをするときにいいような松明のようなキャンドル、秋にはハロウィーンにあわせてパンプキン、これからの季節には真っ赤や緑のキャンドルや天使のキャンドル、といったように季節にあわせて商品はどんどん変わっていく。それに、そのお店ではキャンドルの良さを判ってもらうために、素敵にディスプレイしたキャンドルには実際に灯が燈してあるのだ。
そして、店員さんたちも、とっても愛想がいい。ピチピチした若い女の子が、"How are you doing?"と聞いてくれる。買わないでも、覗いてみようかという気にせてくれるし、素敵なディスプレイを見て、ついつい買ってしまったりもする。
ちょっと前の日曜日、家族でそのお店にふらりと入った。これからホリディシーズンということもあって、ディスプレイは力が入ってるぞとばかり素敵だ。若いカップルや、初老のカップルまで、キャンドルを手にしながら、仲よさそうに肩を寄せ合って相談している。
子供の手をひきながら目を上げると、小さくなったフローティング・キャンドルを水から出している店員さんと目があった。
"Hi! How are you doing?"
"Fine, thank you."と答えながら、ちょっと驚いた。目があった店員は男性で、全身黒できっちりコーディネートしている。髪も黒。瞳も黒。こっちのヘアー・カットなんて下手ッピーなのに、ばっちり決まっている。左耳には滝のようなピアス。そして、なんか、しぐさがオカマっぽいのだ。そう、海中のワカメみたいに、ふんにゃりふんにゃり揺れている。
このお兄さん、すっごく愛想がいい。本当にニコニコしながらこまめに客に声を掛けている。
ふと人が近づく気配がして振り向く。
ここにも、黒尽くめのお兄さん。素敵な帽子まで被っている。
"Hi!"と言って遠ざかっていったが、左耳滝ピアスお兄さんと同じように、腰をふりふり歩いている。なんか立ち止まっても、妙にポーズを作って立っている。
うーん。なんか、なんか、いつもと違う。
旦那さんの声がする。ラベンダーの香料が入っているキャンドルを買わないかとの相談だ。後の二人のお兄さんがなんとなく気になりながら、キャンドルを選び、レジへと向かった。
レジには、、、いたんだよこれが、決定打のお兄さんが。
黒尽くめ、髪も黒くって頭の先から足の先まで神経ビンビン使ったコーディネートで素敵に着飾っている。そして、すっごく愛想がいい。
でも、やっぱり。海中のワカメなのだ。ふにゃらんふにゃらんと私たち夫婦の前で揺れている。
「ここって、オカマさんの蝋燭屋になっちゃったんだ」と思いながら、そっと旦那さんから離れる。きっと旦那さんがクレジットカードで買い物をするハズだ。当事者としてレジにつったってるよりは、離れて見ているほうが面白い。
「商品がお気に召しましたぁ?」なんて聞かれている旦那さん。「ええ」なんて答えている。
お兄さんが、キャンドルを薄い紙で包装しはじめる。女の私よりも、いっぱい指輪をしている。
さて、オカマのお兄さんは、右手の小指を高々と上げ、ポーズを作りながら包装してくれている。娘のピアノの先生なら、「こんなに指に力を入れちゃ駄目でしょう!」と怒りそうなほど凄かった。
「マスターカードで」と旦那さんが差し出したカードを、ふんにゃりふんにゃりしながら受け取ったお兄さん、満面の笑みで、「マスターカードですねぇん」と受けてくれる。私は英語が苦手だから、英語におねえ言葉があるかどうかわからないが、一種独特のねっちりした言い方をするのだ。
旦那さんの表情を盗み見る。「ええい、ふにゃふにゃせんと、男らしくしゃっきりせい!!」と、怒りの色が細い瞳からちろちろ見えている。
お兄さんは、レジのカウンターで紙袋に商品を入れてから、レジにカードをスライドさせた。そりゃあ、もう指先にまで気合と力が入っている。
いつもなら、ジジジとプリントアウトされてくるレシートが出てこない。旦那さんのクレジットカードは、この頃読み取りにくくなっているのだ。
「あっれー、オカシーわねぇ」お兄さん、人差し指をそっと唇の下にあててポーズ。その前で旦那さんは表情を凍らせて立っていたが、目は、はっきり言って怒っていた。
私は、なんだか面白くって、下を向いてクククと笑ってしまった。
私は、オカマのお兄さんを見るのは好きだ。みんなおしゃれで、自分の描く理想像に自分を近づけようとして努力している。なんか、一所懸命お化粧したりする女性と似ているのだ。でも、それよりももっと凄まじくお洒落している。勉強になる。それに、オカマの人とは仲良くなれる。なんだか同性の友達と一緒にいる感覚だ。
私にとって恐いのは、レズのお姉さんだ。
会社に入って出張に行く機会がとても多かった。その先で営業さんや先輩が連れていってくれたバーのママやちいママがそんなお姉さんだったりした。
いつの間にか、そんなお姉さんが私の隣に座っていたり、耳元で、「お店終わってから飲み直さない?」と囁かれる。一緒にいった人にまで、「気をつけろよ。だって、あのママの目、本気だったよ」と言われて、もうこっちは「エエッ!!」と言うなり声がでない。
バーから帰るときの「お見送り」だって、普段は店の外に出てこないママが出てきて珍しいね、なんて声を聞いてドキリとしてしまう。でも、ママはタクシーが来るまで店に入ろうとしない。その間、なんだか私は胸は触られるは、キスされるわで、必死になってタクシーに乗った経験がある。こんな経験って実は一回だけじゃないから、妙に優しく囁きながらベタベタ触ってくるお姉さんは、、、心底恐いのだ。
だから、オカマさんは同性みたいで安全で、見てて楽しい。だから、このお店がオカマの蝋燭屋さんになったって大歓迎なのだ。
本当に、日本にもアメリカにも色んな人がいる。
そういえば、アメリカに来た当初、新聞を見てぶっ飛んだことがある。
金曜日の新聞には、恋人を探している人のための欄がある。ちょっと初老から、自称トールダークアンドハンサム、未知の恋人に自分を小さな紙面で売り込んでいる。
驚くのは、そのカテゴリーの分け方だ。
男性が女性を探す、女性が男性を探すといったカテゴリー以外に、男性が男性の恋人を探す、女性が女性の恋人を探す欄もしっかりと作られているのだ。
そんな欄の中には、「当方アウトドアスポーツの大好きな男性・性格的に真面目な男性を求む・まずは、お友達から」、なんていうのもある。
今考えると、サンフランシスコなんて、ゲイで有名な街だし、驚くこともなかったかもしれない。でも、日本なら朝日新聞や読売新聞の地方欄に、そんな記事が載ってるのと同じ感覚だから、ちょっと馴れるまでは、その欄のワンポイントのイラストを見るだけで何だかドキドキしてしまった。
まあ、日本に比べて人口も多いし、色んな国から来た色んな人種の人々がごった煮になって暮らしている国だから、色んな人もたくさんいる。日本と違って、自分がゲイやレズであることを主張して生きていくことを選んだ人の出現が早かったこともあって、そんな人たちのパレードもすっかり年中行事に定着している。翌日には新聞の一面にパレードのカラー写真が出たりする。日本で生まれて育った私には、結構カルチャーショックだった。
こっちじゃそんな同性のカップルが子供を持つケースまで出てきている。
大学で、社会学では、日本はアメリカの十年後を追っていると習った。さて、ゲイやレズについてはどうだろうか。おこげなんてゲイの追っかけをしている女の子がいたり、妙に美化された同性愛を売り物のした漫画が日本で流行ったりしているが、お堅い日本人の社会に本当に受け入れられているかというと疑問だ。十年後、レズやゲイに対して日本はどのように変るのか、あるいは変わらないのか、ちょっと興味のあるところだ。
さて、やっと旦那さんのカードが読み込まれたらしい。
今度、このお店で、オカマのお兄さんたちをトリプルで見ることができるだろうか。
ハハハ、ストレート・フラッシュでまた見たいもんである。
そう思いながら、ブスッとしている旦那さんと一緒に、ニタリとして私は店を出た。
97/11/27
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