お熱いのはお好き


 去年の四月に私が酷い「ギックリ首」(首が全く動かなくなる症状です)になったとき、アメリカ人の友達が、「水泳をやったら」と言ってくれた。その場にいた別の友達が、「私の家の近くに高校があって、そこのプールは一般開放してるの」、の一言で妙に盛り上がってしまい、"Swim Club"が結成された。毎週水曜日の夕方にメンバーの誰かが家を開放し、母親と子供たちが集まる。もちろん、父親だって大歓迎される。夕食はメンバーが順番に、二人一組になって何かを作る。子供たちがご機嫌で遊んでいるうちに、交代制で泳ぎに出かけるわけだ。
 さて、この"Swim Club"に参加して驚くことは山ほどあったのだが、その最高峰は、「人が見てようが、恋人のように夫婦は仲が良い」ということだろうか。
 例えば、誰かの旦那さんが家に帰ってくる。みんな口々に、"Hi"と挨拶する。仲の良い友達どうしだと、異性でもここで抱き合うのだ。つまり、友達の旦那さんと、抱き合うわけだ。
 さて、奥さんの登場。ひしと抱き合う二人。目が点になる私。さあ、次はキスだ。おっと、と目を逸らす私。ふと見ると、他の私の友達は、全くおかまいなしにサラダを作ったり子供の面倒を見ている。
 ああ、私も普通に行動すべきなんだ、なんてギクシャクと動き出すと、キスの終わった旦那さんが、"Hi, Masayo"と声をかけてくれた。私が日本人だっと知っているので、最敬礼付きだ。小学校の卒業式でやったような固い礼を返すと、ギクシャクしながら子供たちのほうへと歩き出す。でも、なぜだか耳はダンボ状態。彼等の早い会話の中から、"Sweety"や"Honey"といった言葉が聞こえてくる。
 やあ、私にとってはなんだか目のやりどころに困る風景なんだが、この頃はちょっと免疫がついたようで、普通に行動できるまでに成長した。
 でも、アメリカ人の男性って、本当にまめだと思う。
 "Swim Club"のメンバーで夏の夕方、公園でピクニックをしたことがある。
 このあたりは日中は熱いが、日が沈むと急に冷え込む。
 「あら、寒いわ」なんて言う奥さんを、旦那さんは自分の膝の上に座らせて抱きしめている。「大丈夫? "Sweety"」なんて言いながら。
「ああ、やっぱり寒いわ」
「そうか。自動車の中に僕のジャケットがあるよ。待っててね、"Sweety"」
 ティディ ベアみたいに太っている旦那さん、猛然と走り出す。目指すは自動車の中のジャケットだ。
 その後、奥さんはブカブカのジャケットを着てニコニコしてた。旦那さんは寒そうな顔をしながら、でも、ニコニコしていた。
 日本人の夫婦だったら、どう行動するだろうか。想像すると、ちょっと笑えてしまった。
 だからだろうか、日本人の男性と結婚したアメリカ人女性からは、結構旦那さんに対する愚痴を聞いたりする。
「私の独身時代のボーイフレンドなんて、誕生日には、花束と素敵な詩を書いたカード、そしてプレゼントをくれたの。なのによ、主人ったら『何をプレゼントしていいかわからない』だって。だから、自分のプレゼントなのに、主人と一緒にショッピングモールに出かけて買うのよ。想像できる?」
 頷きながら聞く私だが、「そうですね、想像できますよ、うちもそうですから」なんて、なかなか言い出せなかった。
 反対に、アメリカ人の女性と結婚した日本人の愚痴も聞く。
「だって、会社から帰って、疲れてるけれども家事を手伝ったとするでしょう。でもね、彼女は『ありがとう』すら言わないんですよ」
「ダッテ、テツダウノハ、アタリマエデショウ」
 鋭く、日本語で切り替えす奥さん。
 この夫婦、意見の相違でしょっちゅう口喧嘩しているらしい。日本人にとって当たり前の事が、アメリカ人にとって当たり前とは限らない。反対もそうだ。国際結婚って、大変なんだなーと実感した。
 だが、羨ましいぐらい仲の良いアメリカ人カップルは、仲の良い半面、離婚してしまうのも多い。
 ほんの数ヶ月前までは、とっても仲むつまじくバイクに相乗りして会社に通っていたカップルが、恋人が別れるみたいに簡単に別れてしまう。
 私の友達と夕食を一緒に取っていたとき、クリスマスプレゼントの話しが出た。そこにいたのは私を含めて四人の女性だったが、なんと私以外全員継母(stepmother)がいて、血の繋がらない兄弟(stepbrother,stepsister)がいて、半分血の繋がっている兄弟(half brother,half sister)までいた。継母や血の繋がらない兄弟とは、あまり折り合いが良くないらしく、父親の再婚相手を、『父親の次の奥さん』なんて呼んでいる友達もいた。
 なんだか、ちょっと辛くなってしまった。
 日本人に比べてアメリカ人のほうが、「一緒にいて楽しくないのなら、別れましょう」という気持ちを強く持っているように感じる。だからこそ、結婚しても、恋人のときと同じように接することを望んでいるのだろうし、そうすることが当然と思っているのだろう。子供が出来てもベビーシッターに子供を預けて二人だけで出かけるのは当たり前のことなのだ。
 奥さんに熱々で接しているアメリカ人の男性が、「そうしなければ」と思って行動しているのかと疑うと、これまた辛くなってしまうが、当の本人たちはどうやら心底から奥さんを愛しいと思って行動しているのだと思う。目を見て、そう感じた。
 さて、「お熱いのはお好き?」と聞かれたら、私はどうするだろう。
 あまり熱いのは火傷してしまうので、「人肌の温燗で」とでも答えておこうか。
 でも、自然に大切な人を誉めているアメリカ人男性のスマートさは、真似をしたいし、「真似をして欲しいね、日本人男性諸君!!」と言いたい。
 日本人男性は、大切な人を誉めなさすぎる。酷い人になると、奥さんのことを「うちのババア」なんて言っている。そこには日本人男性のはにかみ屋の心があることぐらいはわかっているが、やはり、大切な人のことは、大切にして欲しい。大切な人だからこそ、少しでも時間を作って会話してほしい。だって、かけがえのない人なら、大切にするのが当たり前でしょう。ちょっと古くなったからって、新しいのをデパートで買ってくるわけにはいかないでしょう、ゴルフクラブみたいに。
 日本人女性はあんまりベタベタされるのは人によって嫌う人もいるが、ポイントを押さえた誉め言葉は、誰だって嬉しいと思うものだ。
 あなたも、誉められると、嬉しいと思うでしょう?
 アメリカ人男性と結婚した人が羨ましいか、ですって?
 さて、……ちょっとそこは、……微妙な乙女心なのである。(あれ? まだ乙女だっけ)


1998/02/01


もどる