10年後
学校で、アメリカの10年後を日本は追っていると習った。
1980年代、アメリカは不景気に見舞われた。まるで、今の日本のように。ちょうど10年前だ。
その当時のアメリカでは、中間管理職はばっさりと解雇された。そうした人の中には自信を無くし、自殺する人も少なくなかった。社会問題にもなったほどだ。
政府は公的資金を、銀行に投入した。今の日本と同じだ。
しかし、日本ほどは過保護にはしなかった。
合併するところは、合併し、淘汰されるべき金融機関は、倒産した。企業も全く同じように淘汰されていった。
人を切り、社内の人事構成をタイトにした優秀な会社だけが生き残ることになった。
あれだけアメリカが力を入れていた軍事産業ですら、倒産、合併をした企業が出たほどだ。それ以降、アメリカは軍事産業よりも、情報産業にてこ入れを始める。
こういった流れの中で、アメリカの景気が上向くまでには、5年ほどの年月が必要だった。
それまでのアメリカ人は、大企業に務め、転職することなく定年を迎えるのが一般的だった。
しかし、不景気による人事削減から、その神話は崩れることになる。
そんな中で、新しいシステムが確立されていった。退職金も、その一つだ。
退職金は、会社が潰れてしまうと、一銭も貰えない。そこで、アメリカでは会社に依存しない退職金のシステムが確立された。401kという。
つまり、退職金を管理して積み立てる第三者の会社があるのだ。
個人は、自分の給与から何パーセントを退職金にストックしていくかを決める。その金額に合わせて、雇い主の会社からマッチングした額と、給与からの額が、その第三者の会社にある個人の講座に振り込まれる。
そのシステムは、政府からもバックアップされている。たとえば401kは掛け金に対して、すぐには所得税がかからない。掛け金に対する所得税は、年金給付時まで繰り上げられるようになっている。このような控除を受けられるのは、個人年金では今のところ401kだけだ。
だから、自分の勤めている会社が潰れようと、途中で会社を辞めて大学で勉強しなおそうと、退職金はストックされている会社があるかぎり、必ず手に入れることができる。
この、退職金を運営している会社は、株に投資し、利益を上げている。また、経営の思わしくない会社には、株主ということで、経営にも口出しをする。社長を変えてしまうこともあるのだ。
また、アメリカでは、途中で大学に行き直し、学位を取った場合、それが給料にすぐに反映される。退職金は、会社を辞めても保証されているわけだから、勉強すればそれだけ以前より収入の良い職に巡り合える。だから、アメリカではお金をためてから大学や大学院へ行き直す人が多い。そういった意味では、日本よりも、学歴社会だ。そして、途中で会社を辞めても再就職できる環境がある。401kも、一役買っているのだろう。
アメリカも10年前、生みの苦しみを経験している。今の日本のような状況から這い上がり、社会全体のシステムもそれにつれて変化してきた。それがあっての今だ。
だからこそ、日本に対し、経済復興へ向けて何をするのか、具体的に政策を聞きたがっている。しかし、アメリカの新聞では、宮沢大蔵大臣との会談の結果は、景気回復に対する公約がいっさいなかったと書かれていた。
今、日本が景気回復に対して、日本は何をすべきなのだろうか。
政府は、公的資金を、まんべんなくばら撒こうとしている。農道を作ったり、港を作ったり、堰を作っている。または、金融機関へ、焦げ付きを帳消しにするために金を送っている。これはみな、税金だ。あまりにも馬鹿げている。
もっと、内需に目を向けなければならないのではないか。
では、この際、持ち家のローンにかかる税金を、下げてはどうだろうか。
今、持ち家を買うと、5年は税金の軽減措置が受けられる。それを、期限なしにするのだ。
住宅産業にかかわる企業の裾野は広い。家屋、ガラス、キッチン、植木、カーペット、電化製品、数えだしたらきりがない。それらの需要が増えると、金が動きはじめる。人手がたりないところは、優秀な人材を採用したがるだろう。
金が動き、人が動きはじめると、経済も、動きはじめるだろう。
昔、銀行は、企業を、ひいては経済を成長させるために働くべき機関だということ自覚していたと思う。しかし、今は、なんということだ。そんな志など、すっかり忘れている。バブルでは無理に貸し付け、いくつかの企業を駄目にした。今では、自分が危ういからと、さっさと資金を引き上げてしまう。良心もへったくれもない。
「このままでは、日本は、お役所と銀行だけが残るでしょう」と、アメリカ人の友達に話したことがある。彼女は、「嘘でしょう」と笑っていたが、今のままだと、本当にそうなってしまうのではないかと思う。
どん底からアメリカが這い上がるまでに、5年かかった。
きっと、今の日本のシステムでは10年かかるだろう。
アメリカのシステムが全て良いとは、言い切れない。
しかし、膿は早く出さなければ、全てを腐らせてしまう。
一日も早い対処を、心より望んでいる。
98/10/01
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