バイクに乗った王子様たち



 インターネットで知り合った人が、バイク乗りだとわかった。今は結婚していて、子どもが成人するまではバイクはお預けなんだそうだ。
 「でも、心は今でもバイク乗りだぞ」なんていう一言が、妙に可愛らしかったり、素敵だと思ってしまう。
 バイクは、なんだか男臭さが漂う。それに、不良っぽい。
 見ていて、磨かれたボディーなんかはとってもセクシーなんだけれど、自分の入れない領域のような気がする。それに、とっても危険な香りがする。

 高校でバイクに乗っていた友達は、あだなが「狼」だった。切れ長の、射るような眼差しが印象的な奴だった。
 雨の日の放課後、私は仲の良い友達と、下校するところだった。
 暗く捻じ曲がるように続く階段をテンポよく降りていくと、数人の男子学生が反対に階段を上ってきた。その3番目に、狼がいた。
 いつもなら、「バイバイ」だけで終わるだろう会話に、私はすれ違いざま振り向いた。
「狼」
「?」
 狼も振り返ってこっちを見ている。
「バイク……気をつけて乗りや」
「ああ」
 それから3日後、狼は電柱に激突した。飛び出した歩行者を避けての結果だったらしい。
 数週間、目を閉じて眠り続けた狼は、もう二度と、あの切れ長の瞳で私を見つめてはくれなかった。
 白い花に埋もれた狼は、「良く寝た」と言って起きだしそうだったけれど。

 大学で出会った先輩は、水商売をバイトにしているバイク乗りだった。
 なにやら「若いつばめ」とやらをやっているらしく、カルティエの三連リングだの、時計だのをしていた。美男子で、怪しげな雰囲気の人だった。
 折れそうなほど細い指にはシルバーの指輪なんかがはまっていて、女の子が「欲しい」なんて言い出すと、惜しげもなく、「どうぞ」と言って上げてしまうのだ。
 私はおねだりが下手で、いつも、そんなやり取りを見ているだけだった。
「ねえ、先輩は、後ろに人、乗せないんですか?」
 にたりと笑った先輩は、キャメルをふかしながらこう言った。
「自分の命は、自分でどうしようと勝手だけどな、後ろに乗せる奴の命までの保証はできんからな。乗せんのや」
 トラックに突っ込まれて、自分でバイクを倒し、トラックのタイヤの間に体を滑り込ませた人だった。死ぬかもしれないと思いながら、少しの可能性に、俊敏に行動する人なのだ。
 先輩は、大学構内で見かけるバイク乗りらしき人に、バイク用のスーツを着ることを薦めていた。面識がなくても。自分がそれで、命も、そして手足も助かったのだからと言いながら。

 それから少しして、学校の近く、六甲山へのバイク乗り入れが禁止になった。

 フリーウェイで120キロも出して飛ばす私の横を、まるで蝶のように駆け抜けるバイク乗りがいる。
 きゅんとした、初恋のような痛みを感じながら、その背中に、自分が知っているちょっと不良の王子様の顔を思い出し重ねあわせる。私は、見ているだけで、十分だ。

 私の周りの風を斬る王子様たちよ、あなたの愛する人を泣かせないように、バイクに乗ってくださいな。

98/10/01




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