君の心に吹く風

 
 娘が、ちょっとむすっとした顔をして、アイスキャンディーのスティックを4歳の少年に突き出している。
 会話は早い英語。
 数回会話のキャッチボールがあったあと、少年は一度全部のスティックを受け取ったが、2本スティックを娘につき返すと、嬉しそうな顔をして走り出した。
 あとに残った娘は、ちょっと、納得のいかないような、諦めたような顔をして、自分の手に残った2本のスティックを眺めている。

 アメリカでは、子供の誕生会を自宅でしたり、公園やプールでしたりする。
 天候のよい夏場は、特にそうだ。
 パーティーでは子供を飽きさせないように、さまざまなゲームや工作などが用意されている。

 この日、5歳になる女の子の誕生会に、8歳の娘と5歳の息子が招待された。
 パーティーにつきものの、お土産のおもちゃは、ゲームで貰えることになっていた。
 おもちゃの名前が書かれたスティックが一人6本分、砂場に埋められた。子供たちはそれを掘り返して、女の子の母親のところに持っていけば引き換えられるというものだった。
 息子は二人目の子供だからだろうか、案外ちゃっかりしている面があり、さっさと6本のスティックを集めておもちゃと引き換えてもらっていた。
 しかし、娘のほうはなかなかスティックを見つけられないでイライラしている様子だった。
 ほかにも、同じように、見つからずに闇雲に砂場をスコップで掘り返している子がいる。
 私は砂場にどっかりと座りこんで、スコップで砂をならすようにしてスティックを探した。
 私も数本探し出すことができ、まだ6本集めていない子に場所を教えては、スティックを抜き取らせていた。
 娘は自力で5本まで集めていた。
 4歳の男の子は3本まで集めたが、あとは全く見つからないせいで、ちょっとイライラしたような声を出し始めていた。
 それはそうだろう。もう、自分の友達はとっくの昔におもちゃを引き換えてもらい、遊んでいるのだから。
「ないよ、ないよ、みつかんないよ。」
 そう連呼する男の子の声で、娘は思い立ったらしい。
「ね、私の、あげる。」

 娘は、自分に言い聞かせるように、私に話し出す。
「私が一番年上だから、やっぱり、我慢したほうがいいのよね。」
 可愛そうだが、自分より年下の子供と遊ぶことの多い娘は、自然と一番年上だからと我慢させられることが多かった。年下の子供たちと何かもめごとがあったときには、娘に言い含めて我慢させることがほとんどだった。
「偉かったね。すごくママ、今、あなたのこと、誇りに思ってる。」
 いつもならここで嬉しそうな顔をする娘も、そうはいかなかった。
 やはり子供だから、自分だけ2つしかおもちゃをもらえないということが、どうもひっかかっているらしい。
「でも、2本しかなかったら、引き換えられないわ。私は、何ももらえないわ。」
 少し、可愛そうだと思うが、その悲観的な物の言い方は、完全に私に八つ当たりしている。
「ねえ、もう、自分で決めてスティックをあげたのだから、そんなことを言ってはいけません。」
 そう、娘に釘をさした。

 いつまでもスティックを探しているわけにもいかず、おもちゃの引き換えを頼みにいった。
「あら、まだ6本、集まっていないじゃないの?」
 そう言う女の子の母親の横から、どうやら砂場での一部始終を見ていた女の子の父親が、口を挟んだ。
「ちがうよ、彼女5本まで集めてたんだけど、足りないって悲しそうにしてたタイラーに、みんなあげちゃったんだよ。」
 とたんに、女の子の母親の顔が、ぱっと明るくなった。
「まあ、あなたって、なんて素晴らしいの!!」

 娘はたくさん誉めてもらい、2本しかスティックがなかったにもかかわらず、スティック15本分ぐらいのおもちゃを引き換えてもらった。
 本来ならばスティックに書いてあるおもちゃを貰うので、選ぶことなどできないのだが、娘は特別に好きなものを選ばせてもらえた。
 可愛い鉛筆やシール、欲しくてしかたなかった水筒まで手に入れていた。

 ほくほくと、とてもうれしい表情の娘に、こう聞いた。
「嬉しい?」
「もちろん!」
 娘は答える。
「何かいいことをすれば、こうやって、きっと、誰かに誉めてもらえるのよ。」
「うん。」
「でもね。」
 娘の目は、まだ、嬉しそうにおもちゃを追っている。
「何かいいことするって、誰のためにすると思う?」
「……わかんない。困った人のため?」
「違うよ。」
 娘の目が、丸くなる。
「いいことするとね、自分の心の中に、とってもいい風がふーって、吹くの。そのために、いいことするんだよ。だから、自分のために、するんだよ。」
 納得のいかないような表情の娘を、ぎゅっと抱きしめた。私の腕に甘えたように寄りかかる娘の頭の重みは、娘の誉められた嬉しさを伝えてくれた。その重みを感じながら、新しい水筒に、明日麦茶を入れて学校へ持たせてやらなきゃと考えていた。

 そう、娘もいつか気付くだろう、その風の心地好さを。

 私の心に、娘の心を通ってきた風が、少し、流れ込んだような気がした。



99/07/15
 





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