心の鍵


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11月、ほんの短い間だったが、ベッドに横たわり白い天井と壁を見つめて暮した。
そんなとき、彼女から茶色の封筒が届いた。

彼女とは、去年、ネットで出会った。
友人から私のページを紹介されたと、彼女からメールが届いたのだ。
彼女はそのとき、非公開でページを持っていた。
私と同じ考え、または違った考えを持っている、ニューヨークで働く女性だ。
私は彼女のエッセイや日記が好きだ。歯切れの良い文章や、ときどき覗かせる可愛さや。
一番素敵だと思うのは、彼女はいつも真摯に考える姿勢を、決して崩さないというところだ。
自分の頭で考え、なぜかを探り、自分で分析し、自分の意見を持つ。私は、そういう彼女の部分を、愛している。

そんな彼女のページで、私はカウンター9001を踏んだ。
その記念のプレゼントが、茶色の封筒に入っていた。
暖かなベージュのケースに入ったCDだった。
彼女の愛用している香水の香りといっしょに、それは大陸を斜めに横切って私の手元にやってきた。

『日本現代詩の六人』というその二枚組みのCDには、日本語と英語で詩人たちの詩が録音されている。
日本語での詩の朗読は、詩人たち自らが、自分の肉声で自分の作品を読み上げている。
その、なんと素晴らしいこと。
それぞれの詩人の言葉は、文字を追って詩を読むのとは違い、まるで息吹のように私に流れ込んできた。
谷川俊太郎の、流れ、爆発するような言葉。
石垣りんの、煮焚き物をし、野草を摘み、銀行で仕事をし、地に足をつけて歩む女の言葉。
まどみちおの、優しさと切なさに溢れかえる、甘い言葉。
私は、その言葉に目を閉じたまま、南からの光を頬に感じて、ただ、ただ、涙を流した。
言葉だけではない。
その詩人の声が、やはりその人なのだ。
石垣りんは、暖かで柔らかで何もかも包み込むような声をしている。谷川俊太郎は、妙な落ち着きと突き上げる情熱を持っている。まどみちおは、飾らない。
ああ、詩、そのままだと、耳をそばだてる。
ひたひたと、文字だけでは伝わらない体温や空気までが、こちらに伝わってくる。

私は、あお向けになったまま、震える鉛筆でを走り書きした。

誰かから、こんなことを聞いたことがある。
気に入った詩は、文字を目で追って読むのではなく、声に出してごらんと。

その意味が、わかったような気がする。

詩は、言葉の羅列ではない。
詩人の心から生まれた、呟きであり、叫びなのだ。
だからこそ、その言葉は読む者の心の扉を叩く。
詩は、短くても、心の引き出しを開ける鍵なのだ。

まさしく、詩人たちの生の声は、私の中にある引き出しを開ける鍵だった。

そこには、情景が浮かぶ。
知っている場所や、架空の場所。
新しいランドセルの匂いや、大根の葉と油揚げを炊く匂いや。
ちちちと鳴く小鳥のさえずりも、哀しい少年の後姿も。

情景だけではない。

暖かな気持ちが満ちて行く。
明日に向かい、一歩ずつ歩むその歩みの大切さを。そしてそうして、ここに生かされてそうできることに対する感謝の気持ちとが。どんどんと溢れ出る。

2枚のCDを聞き終わり、こんな素敵なプレゼントもあったのかと、私はCDの表紙をしばらく見つめていた。

なんという、気の利いた贈り物をしてくれるのだろう、あなたは。

そんな思いは全部載せられないけれども、紫のペンで、素直な気持ちを彼女に書いた。
まだ、力がこもらずふらふらとする手で。

新しいことに出会い、新しいことを知る。なんと、素敵なことだろうか。
それがこうやって、私のことを大切に考えてくれている人からもたらされる。なんと、ありがたいことか。
新しい水をもらった草花のように、私は生き生きと顔を上げている。




2000/01/06


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


彼女から「きゃあ」という題名でメールが来た。

心の鍵、読みました。

背の高いマグカップが、好きなのを、どうしてわかったの?(笑)

あんなに素敵なエッセイとして、残してくれて、どうもありがとう。

あのCDね、同窓会で紹介された瞬間に、あなたのことを考えた。
でも、さすがに、私自身が聞く前に贈るわけにはいかないし、
あなたが、気を遣って遠慮するかもしれないし、
とりあえず、私が買ってみてからにしようと思った。

買って、聞いてみて、ああ、やっぱりこれは贈らなきゃと思った。
そして、私の日記で、あの石垣りんの詩を紹介して、
あなたからのメールをもらって、よしよし、って思ってた。

あなたほど、この贈り物を楽しんで、感謝して、心に染み込ませてくれる
人は、いないと思ったの。


◆◇◆◇◆以下省略◆◇◆◇◆


画面を見つめる私が、にやりと笑うのがわかる。

やっぱり彼女だ。

もう、同窓会でCDの話が出たときに、私のこと思い浮かべてくれていたのだ。
それは、9001をカウンタで踏む以前のこと。それは、贈る口実にすぎなかったのだ。
彼女の日記の「毎日」で私はすっかり石垣りんの虜になった。
私は、画面を前にしてポロポロと泣いた。そう、どんなウーマンリブだとか、女性解放とか叫ぶよりも、石垣りんの詩にはもっと強いメッセージがある。あの詩には愛と真実がある。いつかこの詩を、娘にも聞かせてやりたい。
彼女は、そっとその詩を私に向けて差し出してくれたのだ。

その間、彼女は私のことを大切に考えていてくれていた。
彼女のアンテナを精一杯張って、私という人間を、目には見えないが、受信してくれていたのだ。

私から、メールを出す。


> 心の鍵、読みました。
ありがとう、ゆの字さん。

> 背の高いマグカップが、好きなのを、どうしてわかったの?(笑)
今、知った!(くす)

◆◇◆◇◆中略◆◇◆◇◆


私、言葉に疎いかもしれないし、
「この人、私の親友なんです!」なんて、言うタイプでもない。

でも、そんな言葉じゃ言い表せないぐらい、あなたは、「私にとってかけがえのない素敵な人」だと思った。

◆◇◆◇◆以下省略◆◇◆◇◆


私は彼女の顔を知らない。どんな声をしているのか、どんな爪か、どんな髪型か、全く知らない。

それでも、私と彼女は繋がっている。
この画面で、細いケーブルを通して。
人と人として向き合い、意見を交換し、そして相手のことを思う。

私はこう思うのだ。
「親友という言葉じゃ、やっぱり、はみでちゃうわ」



2000/01/21  追記




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