女は髪型で見違えるようになると聞いたことがある。
それでも大胆に髪型を変えるのは勇気のいるものだ。
でも、髪型の「きまった」朝は良い気分だし、髪型の「きまらない」日はそれなりに憂鬱になる。
私の髪型の基本はボブ。
もう生まれたときからずっとこれが基本になっている。
ボブといえば聞こえはいいが、いわゆるおかっぱだ。
これ以外の髪型にしたのは幼稚園と中学校のときのショートカット。どちらも男の子に見られて不評だったため、またすぐに伸ばし出した。あとは、昨年ちょっと今までの髪型に対する倦怠期に陥ったので、シャギーを入れて日本で流行っている髪形にしたのと3度ぐらいしかない。
髪型のおかげで、空港で白人の男性から少年と間違えられたり、自分では似会わないと思っていても人からは誉められたりと、本人の中身とは関係なく髪形は大きな影響を見る人に与える。また、その反応によってこちら側の心理も変わる。面白いものだ。
面白いといえば、去年の髪型の変化に対する夫の反応には笑えるものがあった。
一時帰国の際に髪を切りに行ったので、私がどんな髪型になったかはアメリカに残っていた夫は知るはずもない。
今までの髪型に飽きていた私は、ばっさりと髪を切り、いっぱいシャギーを入れてもらった。頭が半分なくなって、空に飛んでいきそうなほど軽く感じた。
さて、私をサンフランシスコ空港で出迎えた夫は私を見るなり目を真ん丸くしたイタチのような顔をした。
「ねえ、髪型どう?」と聞いても、「うーん」と言うだけ。
数日後、やっと新しい髪型が嫌いだということが判明した。
しかしシャギーの入った髪形はブローもあまりいらず楽だったことと、フェイスラインにかかるクルリとした髪が女らしくて好きだったため、また年末にアメリカで髪を切ったとき、同じ髪型で切ってもらうように頼んだのだが、誤算だった。
日本でカットしてもらっている人の技術があまりにも素晴らしくて、どうしても同じ出来を期待する私は、今回もその出来に見事に裏切られた。
ブローしてもジェルをつけても思い通りの髪形にならないまま、私は4月の一時帰国まで髪をずっと伸ばし続けていた。
私が日本で通っている美容室には、もうかれこれ20年近く通っている。
大学の友人の髪型がとても彼女によく似合っていたので、一度自分も同じ人にカットしてもらいたいと思ったのがきっかけだった。
そのころ、松田聖子の歌がヒットチャートの上位を占め、彼女の髪型は「聖子ちゃんカット」として女の子の間で君臨していた。どの美容室から出てくる女の子も、多かれ少なかれあの髪型をしていた。
カランコロンと鳴るチャイムの音を聞きながら初めて開けた美容室のドア。そのオーナーはこだわりの技術者タイプの、口ひげを貯えた人だった。
結果は、大満足だった。
このオーナー、客に似合わなければ、客の要望でも応えない。流行りだからと言って、聖子ちゃんカットなどを薦めることもしない。
私など、髪の量も多くコシがかなりあるので、「あなたにはどれだけお金を積まれても、全体にかけるパーマはうちでは絶対にかけへんよ!」と言われたぐらいだ。
だから、ソバージュが流行ったときにも、「やめとき!」の一言でオーナーは私の要求をあっさりと却下してしまった。
でも、これこそ客のことを考えた提案だ。「はいはい」とそのまま似合わない髪形にするほうが客との摩擦もなくてすむだろう。私はこういったオーナーの態度が好きだ。
しかし、ただ客の要望を却下するだけではない。似合うと思う髪型を提案したり、少しアレンジしてくれたりということもしてくれる。
今回も、さまざまな髪型が載っている雑誌をめくりながら、「今流行りの髪形を嫌がる私の旦那さんが「いい!」といってくれて、私のためにはちょっとシャギーを入れて軽さを出した、二人が幸せになれる髪形にして頂戴」と、なんだか荒唐無稽の注文を出したのだが、本当に二人ともが「いいねぇ」という髪型にカットしてもらえた。
そこでカットしてもらっていつも満足だと感じるのは、そのスタイルが自分に似合うようにアレンジされていることと、そのカットの技術の素晴らしさなのだ。
さて、このオーナーは私の独身時代、私のワンレングスのボブを本当にパーフェクトに切り続けてくれた。
ただのおかっぱ。顎のラインで切り揃えた何の変哲もない髪形。しかし、こういった髪型が一番手ごわいらしい。
パーマのかかっていない髪を切るということは、誤魔化しができないということなのだ。
その人の髪の性質がそのまま表に出てきてしまう。
一見直毛に見えるわたしの髪にも、癖があり、生え際やつむじに関係して髪の流れができている。これを計算して美しいボブにするのだから、並大抵の技術ではない。
下手な人に切ってもらうと、外の髪から内側の髪がどすんとはみ出して見えてしまうことがある。これは、きっと外側の髪も内側の髪も同じ長さに切ってしまっているからだろう。
これは本当にみっともないし、払ったカット料を返してくれ!と言いたくなってしまう。
しかし、ここのオーナーにボブにしてもらうと、ちゃんと内側の髪は短く切っていてくれてシャギーも入れてくれている。なおかつ外側の髪がクルンと内側に入るようにしてくれる。だから、私はずっと朝にブローなどすることはなかった。洗ったときにきっちりと乾かしておけば、翌朝目覚めても私の髪はちゃんと内巻きになっていたからだ。
そして、どんなに俯いても下の髪が外にはみ出して見えるということはなかった。
こんな美容師には、大阪でも東京でも巡り合うことはできなかった。もちろん、アメリカでも。
また、シャギーにしたって、剃刀やすきバサミで作るようなことは一切しない。
たった一本のハサミを使い、本当に魔法使いのように手際良く、しかし丁寧に切ってくれる。
結局、社会人になっても、ちょっと家からは遠いが神戸にあるその美容室まで通い続けた。
結婚してからも、里帰りするときは必ずその美容室でカットしてもらった。
そして今回もまた。
私は、あの美容室がありつづけるかぎり、あのオーナーのもとへと通うだろう。
荒唐無稽な注文を出し、しかし最後には出来上がった自分の姿を鏡に映して、にんまりと満足そうに笑いながら。
◆
もしこのエッセイを読んで少し興味を持ったあなた、一度、その美容室に行ってみてはいかがですか?
一回だけのカットなら、ちょっと冒険もできると思うのです。
気に入れば儲けもの。気にいらなければ、一回だけのご縁。
でもその小さなご縁で、私は20年近く通いつづけているんですもの。
さてさておまけは、私のことをオーナー、話してくれるかもしれませんよ。
あ、私の 旧姓がなんて言うか、ばれちゃったりして。
予約してから、お出かけくださいね。
しげる美容室
神戸市 東灘区 岡本 1丁目
14番20号 ココリコビル3F
078(453)3571
2000/04/21